1日12時間拘束で月給12万円台。おしゃれなフレンチレストランに就職したと思ったら、シェフと社長がめちゃくちゃ仲悪い!それでも地道に頑張ってたらシェフが認めてくれた!けど結局閉店した話

1日12時間拘束で月給12万円台。おしゃれなフレンチレストランに就職したと思ったら、シェフと社長がめちゃくちゃ仲悪い!それでも地道に頑張ってたらシェフが認めてくれた!けど結局閉店した話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
27歳

【当時の職業】
フレンチのレストランと併設のカフェ&バーのホールスタッフ

【当時の住まい】
アパートで独り暮らしでした

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
接客業で転職先を探している時に求人広告を見て。
観光地ですごく眺めが良い所だし、コース料理やドリンクの写真も魅力的に見えたので応募しました。

【環境と仕事内容】
ホール接客を担当してました。
朝は10時出勤でまず掃除をして、ランチの準備。
14時くらいにランチタイムが終わったら1時間ほど休憩。
15時からディナーの準備とカフェ&バーの運営。
大体22時に帰宅。
休日は店休日の月曜日のみ。
給与は手取りで12万円台だったので、今思えばとんでもないブラックな働き方だったと思います。
客層はカフェ&バーはふらっと来た観光客が多く、レストランの方はコース料理なのもあってお祝い事やプロポーズに使われることもありました。

【大変だった時期】
26歳で入社した時。
店長がパワハラとモラハラが凄くて、自分が入る以前のアルバイトは1か月ともたなかったとシェフから聞いた。
店長が辞めていった時は全員で祝杯上げました。




【大変だったこと】
1日12時間拘束されて休みが週1日で、田舎とはいえ手取りが12万円台。
今の自分からしたら「どうしてそこに就職しようと思ったの?」と問い詰めたくなるようなブラック具合でした。
また別業種の会社を経営している社長が道楽で始めた店だったようで、飲食店の運営については本当にど素人。
シェフや私たちホールを下に見て、無理難題を押し付けてきて毎日大変でした。
店の利益を出せと口うるさいのに、”お友達”が絡んだ食事会や派手なパーティーを格安で引き受けたりと、良いのは外面ばかり。
社長の親戚が開いた食事会では、若い男性が泥酔して店の備品を汚したこともあり、厨房に居たシェフが「料理を食う資格は無い!」と激怒していました。
とにかく社長のワンマンに振り回されることが一番大変でした。

【大変だった期間】
入社から2年くらい経って、とうとうシェフと社長が決別して閉店になりました。




【当時の心境】
ずっと辞めたいとは思っていました。
ですが、元々フレンチやイタリアンのレストランで働きたいと思っていたことと、シェフが「お前は職人のことが良く分かってる」と目を掛けてく下さっていたこともあり、女性ということで社長と店長には無視されがちでしたが、頑張って店の中心になろうと思っていました。
シェフに企画を持ち込んで、バレンタインのシーズンにカップル向けのコースを作ってもらえたのは嬉しい記憶です。

【職場が大変だった原因】
会社の体質もあるかと思いますが、一番の癌は社長だったと考えています。
レストラン経営をアクセサリーのように仲間に見せびらかす。
利益を追い求めるくせに派手なパフォーマンスや宣伝に余念が無い。
職人であるシェフや私たちホールスタッフを下に見て、無理難題を押し付けてくる。
飲食店を経営してはいけない人だったと、今ならはっきり言えます。




【仕事で良かったこと】
レストランをよくご利用されていた年配のご婦人から「あなたの料理の説明は分かりやすいわ」とお声かけ下さったこと。
シェフから「お前の根性は認める」「お前の企画は面白そうだ。
カジュアルだがやってみるか」
と店長より先にゴーサインを出してもらえたこと。
彼女にプロポーズをしたいというお客様に「結婚してください」と書いたデザートプレートの提案をして、何組かの成就を見届けたこと。
仕事は大変でしたが、良い思い出もたくさんあります。




【特にひどかった最悪の出来事】
年配の男性のお客様に、希望の席が取れなかったことで怒鳴られたことです。
その日は予約で席がいっぱいで入り口近くの席しか取れず、も団体の会食で席の位置が悪いと恥をかかされたようだとかなりご立腹でした。
私も「予約が入ってしまっていたので」「お先に」を付けずに弁明してしまったのが悪かったのか、「同じ予約だろう!不愉快だ!」と全員の前で怒鳴られ、結局店長が呼ばれることに。
男性の店長のとりなしで期限を直し、再度謝罪して頭を下げた私にお客様は「分かれば良いんだよ」と言われました。
基本的に上品なお客様が多いお店でしたし小声でのクレームはありましたが、レストランのホール中に響くような声で怒鳴られることが無かった為、かなりショックを受けた出来事でした。
後から聞いた話でしたが、社長のお友達の団体様だったようです。




【相談した人・助けてくれた人】
友人や当時付き合っていた彼氏に人間関係の愚痴をこぼしたところ、揃って「早く辞めた方が良い」と言われました。
特に友人は「心が擦り減る前に辞めな!」とかなり強く言ってくれていました。
当時の私は強迫観念からか「ここを辞めたら次が無い」と思い込んでいたこともあってかなり悩んでいましたが、結局辞める前に店が閉まることになりました。

【改善のための行動】
パワハラ店長の次の店長がとにかくだらしのない人で、何事も「別に良いじゃん」で済ますタイプでした。
私がシェフの料理を最大限に楽しめる、シンプルかつセンスの良い店づくりを目指していると言うと「勝手にやってれば?」とのこと。
なので暇な時に床を拭いてみたり、カトラリーを洗ったり、テーブルセッティングを直したりと、曰く「無駄なこと」をコツコツしていました。
シェフと厨房の方が味方になってくれたこともあり、邪魔は無かったですが、ホールでは一人で奮闘していたことを覚えています。




【現在の状況と心境の変化】
入社から約2年後にシェフと社長の間が修復不可能になり、結局閉店になりました。
閉店後にリニューアルして同じ場所にレストランを開くという社長の構想を聞き、私もスタッフとして働かないかと言われました。
しかし、シェフの居ない店で、あの社長の下でまた働くのはもう出来ないと思い退職届を書きました。
それからしばらく後、件の社長が飲食業から撤退したと聞いて、なぜかとても安心したのを覚えています。
あれから6年が過ぎましたが、その間に2度転職し、現在は全く別の業種で受付事務として働いています。
現在の職場がその元レストランの跡地と近く、通りがかると少し懐かしくなります。

【学んだこと】
環境を変えるなら、まず自分が動かないといけないということ。
物事には見切りをつけるタイミングがあるということ。
環境は変えられず、見切りをつける前に閉店という結果になってしまった自分への戒めでもあります。



【当時の自分へのアドバイス】
今の私から当時の私へは、とにかく「就業記録を取って労基に行きなさい」としか言えないです。
仕事に楽しみを見出していたのは良いことだと思いますが、拘束時間と給料が全く見合っていなかったのは、今考えれば致命的だと思います。
ただ、何事も真面目に取り組んで、手を抜くことが出来なくて、それでシェフに可愛がられて企画を実現できたのは、よく頑張ったと言ってあげたいです。