【焼き鳥屋の社員】休めるのは3ヶ月に1度。社会に出て矛盾している出来事が多くあるが、それは自分を成長させてくれる材料だと思って割り切ろう。

【焼き鳥屋の社員】休めるのは3ヶ月に1度。社会に出て矛盾している出来事が多くあるが、それは自分を成長させてくれる材料だと思って割り切ろう。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
23歳

【当時の職業】
焼き鳥屋の仕込みやホール担当

【当時の住まい】
賃貸で一人暮らしをしていました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
もともと祖父が始めたお店で、祖父はもう引退しており当時は祖父の奥さんの弟が社長をやっていましたが、将来的には私が任される予定でした。
私は大学で経営学を勉強し飲食業界について卒業論文を書いていました。
企業経営、特に飲食店に興味があったので自分の思い描いている経営を試すことができると思い大学を卒業と同時にそのお店で働き始めました。

【環境と仕事内容】
最初の一年間は店を任されるための準備として仕込みやホールなど現場作業全般をやりました。
勤務時間は当時一日12時間、営業日は週6日でしたが休みの日は店の掃除をするように当時の社長から言われていたので、1日きちんと休めるのは3カ月に一度くらいでした。
給料は新卒の平均くらいでした。
お客さんは常連さんがほとんどでみんな優しかったです。

【大変だった時期】
7年間ずっと精神的につらかったですが、一番大変だったのは入ってからの2年間でした。




【大変だったこと】
勤務時間は最初の一年間が一番多く、ほとんど休みもなかったです。
お盆休みも社員旅行などでプライベートな時間は年に数日しかなかったので、精神的につらかったです。
他の社員(40代)は自分の嫌なことがあると私やお客さんにも当たるような人が一人いて、やめてほしかったのですが社長の親せきであること、職人の世界で私のキャリアが少ないため何も言えなかったことが理由で店内の雰囲気が基本的に悪かったです。
自分が経営を任されるようになれば変えられると必死で我慢していました。
私が24歳になる年に経営を任されるようになり、少しずつ悪いところを直していきました。
前の社長とその社員(みんな40歳以上)は長い時間働くことが美徳だと考えていたので、効率重視に変えて勤務時間を減らしました。
自分が社長となっても現場に出て働くことは変わらないので自分の勤務時間の減少にもつながり体力的にも楽になりました。
また前もって休みも自分で決められるようになったので精神的にも楽になりました。
人に当たる社員は私が経営を任されてからは少し収まり、実力はあったので続けてもらいました。

【大変だった期間】
最初の2年間が一番つらく、それ以降は一番つらかったときの70%くらいのつらさでした。




【当時の心境】
入社する前は自分の考えた経営策を試せるとウキウキしていましたが、入社してから2年間は本当に鬱でその野望も忘れていました。
風邪をひいても休めず38度熱が出ても働いていました。
休みの日に急な社長の呼び出しで飲み会があり苦手な酒を飲み次の日体調が悪い中勤務を続けていました。
自分が社長になればすべてよくなる、その希望だけを持って当時は働いていました。

【職場が大変だった原因】
当時の社長と人に当たる社員が主な原因で、会社の体質も長時間労働が美徳としている昔の会社でした。
あと自分もあまり人に意見を言える性格でなかったので、私にも責任があると思います。




【仕事で良かったこと】
お客さん、特に常連さんは昔から店の事情なども知っていたので本当に優しく、頑張った分だけきちんと評価してくれるのでそれだけが救いでした。
私がつらいのをわかってくれてたまに飲みに誘ってくれるなどお気遣いもしてもらいました。




【特にひどかった最悪の出来事】
入社してすぐに社長に、お前に休みはないからなと言われて半年ほど何かしら仕事を押し付け休みがなかったことがつらかったです。
日曜日が定休日なのですが、ごみ箱の掃除やっとけやら雑用をあえて日曜日に、それも前日に言ってくるので休みの日に予定していたことができなくなることがよくありました。
社員全員にそれを言うならまだしもほとんど私に押し付けていました。
また人に当たる社員のことを社長に相談したら、あいつはあんな性格だけどよくやっている、お前にあいつの業務ができるか?と言われました。
その社員は焼き鳥を焼く業務を10年ほどやっていて確かに実力はあるので何も言い返せず。
社長はその社員を半ば野放し状態で見て見ぬふりをしていました。




【相談した人・助けてくれた人】
あまりにもつらかったので一度親に今の店の状況を説明しやめたいと相談しました。
親はつらさを理解してくれましたが、もう少しだけ続ければ自分で好きなようにできるから頑張ってと応援されました。
祖父が始めた店なので自分の代で閉めるのは申し訳ないと思い、もう少しだけ頑張ってようと決心しました。

【改善のための行動】
社長といえどもキャリアは一番短く、年齢も一番若かったので社員が自分の方針になかなか賛同してくれないことが多くありました。
今まで自分たちでやってきたことを変えることは大変だし面倒だということは私も承知していました。
ですがこの方針なら勤務時間が短くなって休みが増える、などのメリットと合わせて必死に説得し徐々に私の考えを受け入れてくれました。




【現在の状況と心境の変化】
私が経営してから約4年がたってから、コロナが流行りだして営業ができなくなりました。
再開してもなかなかお客さんは戻らず、料理担当の社員も高齢で体が動かなくなってしまい働けなくなったことも重なり去年閉店しました。
現在は祖父の現在行っている仕事をもらいながら転職活動も行っています。
時間は今までよりだいぶあるので趣味の時間に費やして充実しています。

【学んだこと】
社会では理不尽なことも多いですが、それを耐え抜くことができれば精神的にも成長するということ。
ですが無理しすぎるのも良くないということ。



【当時の自分へのアドバイス】
自分の性格は人に嫌われるのを恐れあまり意見を言えず、抱え込んでしまうことがあるので、もう少しオープンに自分の意見をもっと言えるといいと思います。
行ったときは雰囲気が悪くなったりするかもしれませんが、あとあといいように自分に返ってくることが多いので嫌に思われようがしっかりと自分の意見を伝えるということが大事です。